
高3の終わり頃にギターを弾き始めた。
バスケしかしてこなかった僕と、帰宅部でイケメンのKとは、それまで全く接点がなかったが、一緒に弾き語りをするようになった。
地下道に座り、歌本を広げ、僕がギターを弾き、Kが歌う。イケメンな上に歌もうまかったので、大人の女性が曲をリクエストして千円札をもらうことも。
大学では軽音楽部に入り、食事をするのを忘れるほどギターを弾き、バンドに明け暮れた。大学を卒業しても活動を続け、関西のいろんな場所でライブした。就職はせず、このままギターでやっていきたいと漠然と考えていた。
そのうちに、自分が無理をしてバンドを続けていることに気がついた。いや、分かっていたのに、ずっと気付かないフリをしていた。
自分は心から音楽を楽しめてなかった。
そのとき25歳。
もう、人前で演奏をしたくないし、ギターも弾きたくないと思い、音楽をやめた。
それから約20年。
3人目の子どもが産まれた。生後3ヶ月で原因不明の免疫不全で2ヶ月入院。ようやく退院してきた可愛い息子。毎晩寝かしつけるのは僕の至福の時間になった。
抱っこ紐に入れ、子守唄を歌う。
弾きはしないが、小さなギターは壁にかけてあった。ギターを肩にかけ、ギターと僕との間に抱っこ紐に入った息子。
それから毎晩、ギターの弾き語りで寝かせるようになった。
歌は、、、適当に歌っていた。
なんとなく覚えているコードを適当に鳴らす。
どんなふうに歌えば、息子が心地よく眠れるか。
眠った後もしばらく心地よくいられるのは、どんな曲調だろうと、無意識に試行錯誤していた。
そのうちに、息子が大泣きしてグズっていても、僕がギターを鳴らせば泣き止んで眠るようになった。
これまで、心地よさのためにギターを弾いたことはなかった。ましてや、特定の誰かのために歌ったりしたこともなかった。
毎晩続けた、息子を寝かせるためのギターの時間は、気がつけば、自分の心もととのえ、心地よく眠れるようになっていた。
そっか、自分のために弾けばいいのか。自分が心地よくなるために音楽をすればいいのか。
息子が僕のギターに飽きて、母親の抱っこでしか眠ってくれなくなった頃、僕は毎朝、海に行ってギターを弾くようになった。
誰に聞かせるでもなく、ただ、自分が無心になるために。
はじめのうちは、誰か遠くで見ていないだろうかとか、誰か来たらどうしようとか考えて、なかなか集中できなかったが、徐々にどうでもよくなってきた。
毎日10分程度。2、3曲弾いたら終わり。飽きたら終わり。
一日の始まりの心地いい習慣になった。
青春時代、あれだけ好きだった音楽。
なぜか嫌いになった音楽。
誰かと競ってもっと上手くなりたいとか、できるだけ多くの人を喜ばせるとか、そういうものから解放された時、音楽の持つ豊かさに気付かされた。
ギターを弾くのがイヤになった20年間は、これに気付くためにあったのかと思えると、また一つ何かを許せた気がした。
ギターも歌も全然上手くないけど、そんなこともうどうでもいい。
この世界でたった2人ーー
可愛い息子と、僕自身が気に入ってくれたのだから。
